大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和28年(ワ)9357号 判決 1960年12月26日

原告 株式会社高田製作所

右代表者代表取締役 高田福次郎

右訴訟代理人弁護士 伊藤幸人

被告 ヒロノ機械工具株式会社

右代表者代表取締役 博野治郎

右訴訟代理人弁護士 松井宣

同 柴田博

同 田万清臣

右訴訟復代理人弁護士 内田剛弘

同 菅井敏男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

原告が機械工具の製造販売業を営み、被告が機械工具の販売業を営んでいるものであること。原告がその主張の商標権につき昭和二七年六月九日移転登録を経たことについてはいずれも当事者間に争いがない。しかして、成立に争いのない甲第七号証、証人高田かねの証言、原告代表者高田福次郎本人の第一、二回尋問の結果を総合すると、原告は、昭和一七年一一月ころ設立されるとともに同月一二日その代表取締役に就任した高田福次郎から、指定商品第八類切ハサミにつき登録番号第七三、六〇九号、商標「光」(これは「やまじようみつ」と呼称されている)という商標権の譲渡を受け、前記の日にこの移転登録手続を経たことが認められる。したがつて、原告は、右移転登録前にあつては、その譲り受けたことをもつて、登録の欠缺を主張するにつき正当の利益を有する者に対しては対抗することができないものというべきである。

そこで、被告が原告の右商標権を侵害したかどうかの点について、判断するに、証人博野登四郎の証言およびこれにより真正に成立したものと認められる乙第一号証の一、二、乙第二号証、証人吉原壮輔、近藤勇雄、高田かねの各証言、原被告各代表者本人尋問の結果(原告代表者の第二回供述を除く)を総合すると、被告会社は、その使用人訴外吉原壮輔を使つて、昭和二七年三月ころ、訴外日本国有鉄道関西地方資材部により「やまじようみつ」ほか四、五種類の銘柄を指定してなされた金切ハサミの入荷に応じてこれを落札したうえ、同年四月九日に原告の製品でないのに、原告の右商標が刻印してある直刃金切ハサミ五寸もの一二二丁を単価金一一〇円で、同じく六寸もの二一三丁を単価金一二〇円で、堺市の訴外尚工社から仕入れ、同月一一日、これら全部を右五寸もの単価金一三〇円で右六寸もの単価金一五〇円で右資材部に納入した。しかし、日本国有鉄道における検査の結果、右直刃金切ハサミは原告の製品よりも品質が劣り原告の製品の模造品であることが判明したので、被告は、右資材部からこれを理由に右落札を解約され、右直刃金切ハサミを返却されるとともに、右の納入品の代価の一割にあたる違約金を同資材部によつて徴収されたことが認められ、これを左右するに足りる証拠はない。原告は被告が模造品に右商標を自ら刻印し、また、昭和二六年ころからその模造品を販売していたと主張するけれども、これを確認するに足りる証拠はない。被告は右金切ハサミの納入は被告がしたのではなく、被告の使用人吉原壮輔が行つたものであると主張するが、前記乙第一号証の一、二、同第二号証、証人吉原壮輔、近藤勇雄、博野登四郎の各証言、被告代表者本人尋問の結果を総合すると、吉原壮輔は、昭和二六年暮に被告会社に就職、同会社の外交員として勤務し、同会社の指示に基いて、前記日本国有鉄道の入札に対する落札、金切ハサミの仕入ならびに納入等の事務を担当していたものであることが認められ、この認定に反する証人博野登四郎の証言部分は、証人吉原壮輔の証言と前記乙第一号証の一、二、同第二号証の記載に照して直ちに採用することができない。したがつて、吉原壮輔は被告会社の手足として右各事務を遂行したものとみるべきであるから、被告の右主張は当を得ない。

ところで、故意過失により他人の商標と同一または類似のものを使用する者の如きは登録の欠缺を主張するにつき正当の利益を有しないものと解すべきところ、被告が右のように日本国有鉄道に納入した原告の商標の刻印のある金切ハサミが、原告の製品の模造品であることにつき、被告に悪意のあつたことは、本件証拠によつてもいまだ認めるに足りないけれども、自己が他へ売却する商品につき、その品質を吟味確認する等の注意義務をつくすべきことはその商品の取扱業者として当然になすべきことであると考えられ、証人加藤陸策、吉原壮輔の各証言によると商品である金切ハサミが、右商標を付さるべき原告の製品であるか否か、すなわち、国鉄の指定した「やまじようみつ」の銘柄をもつ商品であるか否か、の判別は機械工具の販売業者にとつて容易にできるものであることがわかるから、被告は、その納入にかかる金切ハサミにつき、その取扱業者としてその商品の吟味検査等に少しの注意を払えば、容易にこれの模造品であることを発見しうべきであつたのに、証人吉原壮輔の証言によれば、日本国有鉄道関西地方資材部への前記納入行為にあたつた吉原壮輔は、その納入に際し、これら商品の吟味検査等を全くしていなかつたことが認められる。してみれば、被告は、過失により、原告の右商標権を使用したものであるから、登録の欠缺を主張するにつき正当の利益を有せず、右商標権を侵害したこと明らかであるから、その侵害により被つた原告の損害を賠償すべき義務がある。

そこでまず、原告の財産的損害の有無について考えるに、証人高田かねの証言、原告代表者本人の第一回尋問の結果によれば、昭和二七年ころにおいては、原告の製造にかかる右商標のある金切ハサミは、その品質のすぐれていることで業界の信用を博していたが、同年ころからのち、右金切ハサミの売れゆきは漸次悪くなつたことがうかがえるが、それがさきに認定した被告の商標権の侵害に基くものであることについては原告の全立証によるもこれを認めることができないし、他にいかなる財産的損害を生じたかにつきこれを確認するに足りる証拠はないから、右主張は理由がない。

次に、原告の慰謝料請求について考えるに、法人については、自然人と異なり精神的苦痛を生ずる余地のないところから、これに慰謝料請求権を認めない見解もないわけではないが、当裁判所は、法人の名誉、信用がきずつけられた場合においても、これに対する損害賠償請求権(これを慰謝料請求権というかどうかはさておき)が発生するものと解し得るところ、原告は、被告の本件商標権の侵害により原告の名誉、営業上の信用がきずつけられ、甚大な打撃を受けたと主張する。しかしながら、商標権それ自体はその帰属者の有する名誉、信用等を保護するためのものではないから、商標権の侵害により、直ちに原告主張の名誉、信用等がきずつけられたといえないし、その立証もない。また、営業上の打撃等は財産上の損害としてこれを評価し得べきものであるところ、その立証がないこと前に認定したとおりであり、他に商標権の侵害によりこうむつた無形的損害についてはなんらの立証もしない。したがつて、英米法にいわゆる名目的損害賠償(nominal damages)の制度を認めていない現行法下にあつては、損害の発生とその額について立証責任を負担する原告にこれが認められないことによる不利益を帰せざるを得ないものというべく、原告の右主張は採用の限りでない。

次に、原告は、被告に対し謝罪広告をなすべきことを請求している。しかしながら、さきに認定したように、被告によつて納入された模造品の量が比較的少量であること、右不法行為の時からすでに相当の日時を経過していること、原告代表者本人尋問の結果(第一回)によつて認められるところの右模造品は日本国有鉄道から返品され、その代りに、その後の昭和二七年六月ころ原告の製品である金切ハサミが日本国有鉄道に納入されたこと、前出甲第七号証によつて認められるところの、原告の右商標権はすでに昭和三〇年七月二六日に期間満了によつて消滅していること等の事情をあわせ考えると、原告は被告に対しいまさら謝罪広告を求める必要性に乏しく、したがつて原告の謝罪広告を求める請求は理由がない。

よつて、原告の本訴請求は、いずれも理由がないから、失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 柳川真佐夫 裁判官 井口源一郎 金子仙太郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例